その日の朝、私の計画は実行に移された。


ピンポイント・ガンナー



不自然ではない、と思う。カーテンの閉められたポッポタイムのウィンドウに、そっと自分の影を映して私は頷く。この日のために色々と服装を考えて、ファッション誌を眺め、新しい服なども買ってみたが、結局それらは今朝の洋服審査ですべて予選落ちしてしまった。
悩みに悩んで私が選んだのは、いつもと変わらない見慣れた洋服。無理して着飾るよりも、この方が不信感を抱かれず、スムーズに事も運ぶだろうと踏んだ私の厳密な判断だ。
何より、いつも着ているだけあって動きやすいし、どこへ行っても恥ずかしくない格好をしているはずだ。

気持ちの良い朝日差し込む噴水広場で、人通りのないのを確認した後、私はもう一度くるりと回って全身を見直し、不備がないことを認めると、戦場に赴くかのような面持ちで、ポッポタイムのガレージの前に立ち止まった。
朝の透き通った空気が、私の緊張で引き締まった胃を、ぴりぴりと刺激する。
心を落ち着けようと、大きく息を吸って深呼吸。吸って、吐いて、吸って、吐いて、吸って、
「は、吐きそう…」
思わず私はお腹を押さえて蹲った。何だか込み上げてくる。緊張で込み上げてくる。いや、もしかすると、今朝食べたヨーグルトが悪かったのかもしれない。だって賞味期限が一週間はオーバーしてた気がしたもの。服が駄目なら今日はビフィズス菌で身も心もキレイに!とか無駄に意気込んだからだろうか。いつもしないことを珍しくやろうとすると、十中八九失敗が伴うものだが、これでは身も心も綺麗になる前に、胃から腸にかけての消化器官の方が先にすっきりしてしまいそうだ。
けれど、これしきのことで負けてはいられない。今日はまだ始まったばかり、いや、始まってすらいないのだ。
「耐えろ、耐えるんだ私!この扉の向こうには必ず整腸剤的なものが待っていてくれるはず…!」
最早当初の目的がなんであったかなど忘れて、私は体面など気にする間もなく、弱々しい動作で扉を開けた。
結果から言うと、計画第一段階は、見ての通り、最悪だ。


話がフェードアウトしかけたところで、私が立てた計画というものを話したいと思う。如何にも明瞭かつシンプルなものである。ざっとまとめると、こんな概要だ。
その一、クロウをスケートに誘う。その二、いちゃいちゃする。終了。
この簡潔さは、小学生でもわかる内容だと自負している。その二にはあわよくば、ほにゃらら的なことも勿論含んでいるが、そこは割愛させて頂いたのでご了承願いたい。
まずその一を実行するにあたって邪魔なのが、クロウ以外のガレージの住人たちであったが、これは運のいいことに、各自用事を思い出して、朝も早いというのに早々にガレージを出て行ってしまったようだった。つまり、現在このガレージにいるのは、休日で暇を持て余しているクロウだけということになる。
私の知らぬところで着々と事がうまく進んでいることに、これから先のことを期待せざるを得ない。

そもそも私が何故、付き合ってもいないというのに、クロウとスケートをしたいと思うに至ったかというと、それは数週間前に遡る。

アカデミアの怒涛のような試験ラッシュも終わりを告げ、晴れて自由の身となった私は、その日の放課後、アキにスケートでもしに行かないかと誘われたのだった。
丁度試験でストレスをため込んでいた私には、思ってもない誘いで、半ば飛びつくようにして、アキに二つ返事をしたのだが。言った先で見たのは、遊星とアキのデートシーン。リンクの上を滑る二人の周りだけ、キラキラエフェクトがかけられたその光景に、一緒に来た双子ちゃんと私で呆然と立ち尽くした。
「あれ、本当に付き合ってないの…?」
「…わかんない」
はたして恋人同士でない者に、あんなに豪華なエフェクトがかけられるものなのか。だが、アキに聞けば、そんなことはないと怒られた。つまり、だ。私はその時アキの強烈な射殺されんばかりの視線を身に受けながらも、ピンときた。何か神がかったものが頭に降りてきたのだ。
そう、つまり。スケートは、付き合っていなくとも大っぴらにいちゃいちゃできる、何とも都合のいいスポーツということなのだ。
私の邪な脳は、すぐさま三倍速でクロウと私の恋のABCを奏で始めた。
目を瞑って、ゆっくりと開ける。
その瞬間に、私の計画の全貌はすでに頭の中に展開されていた。

そう、それからクロウと私のスケジュールが合う日を狙って、私はひっそりとこの時を待っていたのだ。だから、挫けるわけにはいかない。


自作自演の回想を頭の中で駆け廻らせたところで、クロウが薬箱を抱えて、私の前に膝を落とした。
「来るなり薬箱なんて、お前大丈夫なのか?」
ここで勘違いしないでほしいが、勿論クロウは私の頭ではなく、体調を心配してくれているのだ。私の様子を窺うようにクロウが覗きこんできて、どきりと心臓が跳ねる。
「だだだだだ大丈夫!」
「そっか?」
私を気遣う言葉ひとつにすら、舞い上がってしまう自分は随分とおめでたい性格をしていると思う。幾らなんでもどもりすぎな返答にも、優しげに笑みを返してくれるクロウに、心拍数は上がりっぱなしだ。
とりあえず今朝からお腹の調子が悪いということを伝えて、遠慮なく薬箱を漁らせてもらうと、目当てのものはすぐに見つかった。気を利かせて一緒に持ってきてくれたのか、錠剤を取り出す私に、水の入った小さなコップが差し出される。
こんな些細なことにもクロウの優しさを感じて、私は薬を飲むのも忘れて頬を紅潮させた。そしてすっかり気が緩んでしまった私は、ありがとう、の次に口を滑らせる。
「クロウ、スケート行かない…?」
一応暇かどうか確認するのも忘れて、私はいきなり感情のままに本題を口に出してしまった。
「ん?スケート?」
そういやこの前十六夜達とも行ってたよな、と言われて、私は最初から用意していた理由を矢継ぎ早に告げた。
「あ、あの、学校の友達に誘われて今度スケートに行くんだけど、私滑れなくて迷惑かけたくないしこの間だけじゃ覚えられなかったから、今日クロウが暇だったらもしよければ一緒に行って教えてほしいなぁなんて!」
クロウとスケートに行きたいと思ってから、まず初めに考えたことだったので、この数週間ですべて暗記してしまっている。そのためか私の口から出てくるの言葉は、マシンガンのようにただ単語を打ち放っているだけみたいに聞こえるが、奇跡的にもクロウには聞き取れたらしい。
勢いには圧倒されたみたいだが、ちょっと目を丸くした後で、あの元気の出るにっこりとした笑いを顔いっぱいに浮かべて、
「ああ、俺でよければ付き合ってやるぜ」
と立ち上がって親指まで立ててくれた。
いっぱいだ。もうはち切れそうだと、私は思う。それ以外に今の自分の状態を表現できない。体中がいっぱいで、はち切れそうだ。
「そうと決まったら、さっさと用意しねぇとな!」
言って跳ねるように自室へ戻ったクロウの背中に、私はこの感情を知る。そっか、喜びではち切れそうなんだ!
私はこの数週間の努力を心の中で誉め称えた。ただ返事を貰っただけなのに、頭の中はもうファンファーレだ。赤白黄色の色とりどりの花が舞っては足元に積り、その上をスキップで駆けまわる。
円周率の小数点以下をなぞるように呟いた誘い文句も駆け巡っているが、私はそれをもう用のないものと破ってそこら中にまき散らす。
計画その一、クロウをスケートに誘う、は大成功だ。


休日だからか、屋内の広いスケートリンクは、クロウと私が着いたときにはもう人でいっぱいだった。カップルは勿論、友人や家族連れが楽しげに身を躍らせている。
!」
スケートシューズを履いたまま、浮き浮きとその様子に見とれていると、クロウがリンク脇で私を手招きしている。それに私も手を振って駆け寄っていく。ああ、本当にまるでカップルみたいだ。
この世はなんて幸せに満ち溢れているのだろう。きっと今の私とクロウにも、遊星とアキたちに見えたあのゴージャスなキラキラエフェクトがかけられているに違いない。
ここにはいつものガレージの住人たちはいないし、知り合いがいたって私たちの雰囲気に声もかけられないんじゃないだろうか。ということはこのスケート場で、私は今邪魔する者もなく、クロウと二人っきりで過ごしているということになる。
これってやっぱりデート?やっぱり偉大!スケートって最高!
私の計画にやはり狂いはなかったのだ。何といっても時間をかけて、アキやガレージの住人たちにクロウの暇な時間を調査し、いつでも誘えるように休日は少しも予定を入れず、入ろうものなら無理にでも断り続け、何度も誘いから別れまでシミュレートしてきたのだ。そんな私に不可能などあるわけがない。

私を待ちながら、リンクで滑る子供たちのやんちゃな姿を眺めているクロウに、早く駆け寄って計画の次の段階に移ろうと拳を握り締めたところで、聞き覚えのある声が私の腕を掴んだ。
「クロウに遠回しな態度は通用しない」
驚いて振り向こうとすると、振りむくなと即座に声をかけられる。
「靴ひもを結んでいる振りをしろ」
どこのエージェントだよお前は!と叫びたくなるようなセリフを吐いたのは、私の耳がうっかりさんでなければ、恐らくジャックだ。そして私を引きとめたのは遊星の声だった。
そっくりさんであってほしいと願うが、大人しく言われたとおり靴ひもを結ぼうとしゃがんだ体勢に横目で見上げれば、黒いサングラスにハンチングというお揃いの格好で座る、遊星とジャックの姿。変装しているつもりだろうけど、ジャックの二メートル越えの長身と遊星の髪型は隠せそうにない。

不器用な私は振りをしろと言われても出来ないので、わざわざ靴ひもを解いて動揺を隠さずに、何でここにいるの?!と問う。すると、何故か縦に数列並んだベンチの斜めから、予想とは違う高い声が返ってきた。
が心配だからよ」
「え゛?」
思わず喉が文字に濁音を加える。ばっと勢いよく見上げれば、そこにいるのは世にも珍しい赤い髪をなびかせて座る、アキの姿。アキもまた帽子を目深にかぶっているが、知り合いがみれば百発百中でわかる。
もう声も出ない。この三人がいるならば、絶対にこの近くにブルーノも潜んでいるはず。
そう思って静かに目配せをすれば、アキよりもっと前方に、確かにブルーノの姿。ジャックと同じように、何を着ても背格好ですぐにわかってしまう。
「わ、私の心配って…」
意味がわからない。動揺しすぎて、折角結ぶために解いた靴ひもは、結び直せないまま不格好に絡まってしまっている。
とにかく。アキが言う。
「クロウは鈍感だからのやり方じゃ駄目よ」
「へ?」
「ああ、回りくどいことはせずに、お前の気持ちを真っすぐぶつけていけ」
「あ、あの…」
、貴様ならできる!なにせこの俺が保証しているのだからな」
「ちょっ…!」
知らぬ間に大分話が展開しているが、私の方はまだ三人の脳内回線に追い付いていけていない。ちょっと待って私脳内の伝達スピード結構遅いの!という暇もなく、うずくまっている私に気づいたクロウの私の名を呼ぶ声が聞こえる。
「い、今行く!」
そう告げて慌てて立ち上がると、明かにこの会場で目的を間違えている三人が、期待の眼差しで私を見つめてくる。代表気取りか、ジャックが腕組をしたまま、私に彼なりの精一杯の激励を投げた。
「いいか、ダイレクトアタックだぞ」
こ、これは何?立眩み?それとも眩暈?まだ今日という日は始まったばかりだって言っているのに、早くも全身に重い倦怠感。
椅子の背もたれを掴み掴みリンクまで辿って行けば、眼の端に映るのは夏の太陽よりも眩しい笑みを浮かべるブルーノの顔。
私は、どこで計画を誤ったのだろうか。


「どうした、何かあったのか?」
クロウの元へやっとのことで辿りつくなり、今朝と同じく、心配そうに顔を覗きこまれる。きっとしゃがみ込んでいたからだろう。
赤くなりつつも、とても遊星たちがいたとは言えなかったので、用意されたとおり、靴ひもを結んでいたという言い訳を利用するしかなかった。冷汗を垂らしながら、弱々しげに笑う私から、クロウの視線が足下に移される。
弾けるような笑いが起きた。
、お前靴ひもが大変なことになってんぞ!」
ははは、とクロウは本当に可笑しそうに笑う。私は自分の靴の状況に唖然とした。
クロウが笑うのも仕方ないと思う。だって私の目に飛び込んだのは、芸術は爆発だと表現しても怒られそうなほどに絡まった、団子みたいな靴ひもだった。
「まったく仕方のねー奴だなぁ」
クロウはそう言って、自然に私の手を取った。心臓が跳ねる暇もないくらい、自然な動作だった。そして私をすぐ横のベンチに座らせる。すると、まるでお姫様にひざまづく童話の王子のようにクロウは膝をついて、私のめちゃくちゃな靴ひもを丁寧に解き始めた。
「あ、ご、ごめん」
「まさかガキ共以外にやる日が来るとは思わなかったぜ」
「…う」
「昔はいつもやってたから、慣れたもんだけどよ」
笑いながらひもを結ぶクロウに、返す言葉もない。けれどクロウの表情は子供たちを思い浮かべているからか柔らかく、それが嬉しいような恥ずかしいような、そんな気分になる。
「お前ってホント子供みてぇだな」
最後にそう言って軽く靴を叩かれると、魔法にかかったみたいに綺麗な結び目が、クロウの手の中から姿を現した。こんな大きななりをした子供がいてたまるもんか。そうも思ったが、待ってる間にすっかり赤くなった顔では言えなかった。
何より私が口を閉ざしたのは、クロウが嬉しそうな顔をしてくれるなら、子供でもいいかもしれないと、少しでも思ってしまったからだった。
「じゃ、滑るか」
ありがとうと言う私の目の前に、当り前のように手が差し伸べられる。さっきまで私の靴ひもを優しく解き、結び直していたクロウの手だ。
私は思わず、じっとその手を見つめてしまった。

——クロウは鈍感だからのやり方じゃ駄目よ
荒れて節ばった手のひらに、アキの声が被る。私のやり方。そうして思い返す。私はどうしてスケート場に来たのか。ここで何を望んでいたのか。私の計画の全貌を。その中に、自分の気持ちを伝える手段はひとつも用意されていない。
スケートはいいスポーツだ。付き合っていなくたって、きっと遊星やアキのように滑る者同士が輝いて見える。でも、どんなに周りから見て綺麗でも、本当のことは違う。ただ、見えるだけなのだ。スケート場から出てしまえば、いつも通りの関係に戻る。
ここはシンデレラの世界のようだ。けれどそう思う者にとっては偽りだらけで、酷く冷たい世界。
、どうした?」
クロウの声にはっとする。見上げれば私を気遣う優しげな目。
——回りくどいことはせず、お前の気持ちを真っすぐぶつけていけ
遊星の淀むところのない発音が、私の足を動かした。

クロウの手を取って、迷うことなくリンクに足を踏み込む。そしてシャッと、軽快な摩擦音を奏でて、私は氷の上に躍り出した。
「え…お、おい!」
後ろから困惑した様子のクロウの声が届く。繋がっていた温かい手を離して、私はまっすぐにリンクの上を滑った。スケートには何度も来たことがある。だから、常人並みには滑れるのだ。
クロウは氷の上でぽかりと口を開けたまま、すいすいと走る私を見つめている。
リンクの端に着くと、私はクロウを置いてきた方へ、体を向き直した。呆然としたクロウが、立ちつくしている。その開けっぱなしの口は、何か言いたげに動いているが、リンクの端と端では声も届かない。

私はスタンディングスタートの姿勢に構える。耳元で繰り返される、ジャックの言葉が掛け声となった。
——いいか、ダイレクトアタックだぞ
私は勢いよく足を踏み出した。私の足が交互に踏み切るたびに、氷が溶けだして体が加速していく。
「クロウ!」
私は笑顔で叫んだ。ぎょっとした顔のクロウが身構える。
「まっ、待て!」
スピードを緩められるぎりぎりの瞬間、私は力いっぱいエッジをきかせて、焦ったように両腕を広げたクロウに飛び込んだ。そのまま抱きつく。
ゆるゆるとクロウの体ごと、私たちは後ろに流れていく。クロウの背がリンクの壁にぶつかると、私に合わせてクロウの腕が、少し強めに私の体を抱きとめた。
「…あ、危ねーだろ…」
気が抜けたように息を吐きだしたクロウ。自分でしたことだけど、背を抱く腕がクロウのものだと考えると、今すぐにでも卒倒しそうだ。けれど息をつく暇なんて与えてはいけない。
クロウの腕が緩められるのと同時に、私は腹をくくって、肩を掴んで背伸びをした。そんなに伸びる必要なんてなかったけれど、そうして思いっきり目を瞑って、クロウの頬に自分を押し付ける。
もう意地だ。ここまで来たらもう意地としか言いようがない。
「なっ、…?!」
掴んだ肩が思いっきり硬くなる。驚きに身を強張らせているクロウに、あとはとどめの一発をお見舞いしてあげるだけだ。
「ク、クロウ!」
名前を呼べば、私と同じくらい真っ赤な顔で、クロウがぴたりと呼吸を止める。それっきり、マネキンみたいに微動だにもしない。寄せた胸から、どちらか分らない鼓動の音が早鐘のように鳴り響いていた。
音がどんどん速くなっていく。このままではきっと意識を失ってしまうだろう。頭が鼓動の音に揺さぶられて、くらくらする。
言わなきゃ、言わなきゃ。思ってもなかなか簡単には出てこないものだ。クロウは動きを止めたまま、瞬きもせずにじっと私を目に捉えている。これ以上息を吸い込むことはできないだろうに、空気を吸うために、触れた胸が微かに動いている。
こういう時に限って思い出されるのが、いつもお邪魔虫のように扱ってきたガレージの住人たち。
——、貴様ならできる!なにせこの俺が保証しているのだからな
そんなことを言われてしまっては、やるしかないじゃないか。

気づけば、私の口は開いていた。
「す、すき」
言った。言ったんだ。そんな感動と緊張が入り混じった私と裏腹に、目の前では、ひゅっと息を吸い込む音を最後に、クロウの呼吸が完全に止まった。
「あの、クロウ…?」
呼びかけるが、やはり答えるどころか胸さえも上下していない。困惑。困惑だ。私の心の状態はそれに占められている。何でもいいからとにかくリアクションがほしい。
「クロウってば、」
だらりと下がったクロウの両腕を揺さぶって、もう一度名前を呼ぶと、目の前の体が大きく傾いた。倒れる、と思って慌てて支えると、そのまま私は体ごと氷の上をスライドした。クロウの方に、ぎゅっと引き寄せられる。
抱きしめられたのだと知ったのは、クロウが声を発してからだった。
「悪い…も一回、言ってくんねぇか」
かすれた声が震えているのは、気のせいだろうか。もう一度と、クロウは言った。じゃあ私はもう一回、私の思いの丈をクロウに伝えても構わないのだろうか。
急に嬉しくなった。
私はここがスケート場のリンクの上で、周りはそれに気付かせるように賑やかに声を立てて笑い合っているというのに、そんなことにもお構いなく、思いっきりクロウに抱きついて言ってやった。
「クロウが好きです」
耳元でそう呟くと、望み通りに言ってあげたにもかかわらず、クロウはやはり力を無くしたように私に体を預けて、また呼吸を停止させた。

急遽予定を変更したというのに、計画第二段階も結局失敗に終わるのだろうか。
きっと私たちの行為は、周囲から見れば恋人の戯れにしか見えないのだろう。最初の計画としては大いに大成功だ。しかし今は違う。私はクロウの呼吸が復活して、思いの答えを返してくれることを、ただひたすら待ち望んでいる。

「…っ、不意打ちは勘弁」
私の強烈なダイレクトアタックが、すでにクロウの胸に突き刺さって抜けないことを、私はまだ知る由もない。



(ほのぼの100題 2/058/やんちゃ)
10/02/21 短編