だから、勝たせてくれてもいいでしょう。



手と手を — 合わせて



エドは炬燵に入ったことがないという。実技授業の終わったデュエル場で、まだ疎らに残る人目も気にせずに、私は大声を上げてしまった。
「うううううううそでしょ?!人間ならみんな炬燵に入ったことあるよ!」
「つまり僕は人間じゃないと」
エドの無駄にクールな突っ込みなんかスルーして、柵に手をかけたまま衝撃を隠しきれずに項垂れた。
そしてきりりと眉を引きしめて顔を上げる。
「人間の生活は四季によって巡っているんだよ」
急に話が見えなくなったとエドが指摘するけれど、それもやっぱり無視をする。もともと私の素直な反応など期待していないようで、答えが返らないことには特に何も思っていないからいいのだ。
勝手にそう決めつけて話を進める。
「すなわち春はあけぼの、夏は夜、秋は夕暮れ、冬は炬燵なの!人は厳しく薄暗い土の中で蠢くもぐらの様な冬を炬燵というぬくもりに包まれて乗り越えていくものなの!炬燵なくして人は生きられず、人なくして炬燵は存在しえない。要するに私たち人が炬燵に集約されるように、炬燵もまた私たちに依存する関係なの!」
マン・フォア・コタツ、コタツ・フォア・マン!と鼻息荒気に最後に言いきって振り返ると、エドは唖然とこちらを見ていた。小さく開いたままの口がいつもの彼の聡明な表情を奪ってしまっている。年齢相応の顔だ。
その顔を無表情にまんじりと見つめて、私はおもむろに口を開いた。
「エドって何類?鳥類?」
「人類だ」
「信じられない!」
わざとらしく大げさな素振りで身を仰け反らせる。
「人類って言っても猿人類とかそっちの御方でしょ?」
「どっちの御方だ。お前と同じに決まっているだろう」
ぎゃあと叫んで私は顔を覆った。
「NO!Not猿人notサル!アイ・アム・ホモサピエンスセンキュー!」
もの凄い棒読みで手を降る私に、エドは酷い発音だと眉を寄せると、お返しと言わんばかりに「それは何語だ、言語か?」などと言って小馬鹿にしたように口端をつり上げた。
「なによぅ」
ちょっと自分が英語できるからって。妬ましげにじとりと視線を流す。そんな私を見て、エドは付き合いきれないといった風に肩を竦めた。
「当り前だろう。僕はアメリカ国籍だぞ」
「はっ、ががが外人様でしたか!」
あんまり普通に日本語を話すものだから、ついついちょっと色素が薄くて鼻の高い美男子程度に思いかけていた。ややこしい真似しないでよ!アカデミアに国籍なんて存在しないんだから!ノーボーダー!フリーダム!
、あんまり恥ずかしい言動は慎んでくれ」
少し熱くなりすぎた私に、対照的な目をしたエドがため息をついて柵に背を寄りかけた。

なんだってエドはこんなに日本語が上手いんだろう。外人特有の訛りなんか一切見られないし、それに語彙力だってネイティブに引けを取らない。それこそマイ・フェア・レディのビギンズ教授だって、エドがどこ生まれかなんて聞き分けられないんじゃないだろうか。
その上成績優秀、将来有望なお金持ちのボンボンで容姿端麗ときたものだ。鳥類とか猿人類だなんてとんでもない。人類がみんなこの男と同じ分類だなんて、どうやっても等式にはスラッシュが入る。
面倒そうな態度をとるくせに、しっかりと私に付き合っている後輩の憂いに満ちた恐ろしいほど整った横顔を眺めながら、いやこれは人類じゃないだろうと確信を強めた。
「むしろ超人類?」
「馬鹿だ馬鹿だとは思っていたが、まさかここまでとは…」
学名が明らかなものならまだしも、この場で作り出すとは。そう呟くエドは心底私を卑下しているということは分る。ちらりと一瞥。そして重ね重ね丁寧にため息。なによ。
「後輩でしょ!後輩ならもっとこう…ね!」
「本でも読んでもう少し語彙力を高めたらどうです、先輩?」
「ぐっ、ぬぐぅううう!」
なんて生意気な後輩を持ったのだろう。剣山君なんかすっごく逞しいくせに素直で可愛らしいいい後輩なのに、この男と来たらたまに学校に来ればプロだプロだと鼻にかけて人を小馬鹿にするばかりで、本っ当に可愛げがない。やっぱりエドに超人類なんか勿体ない。というより私と同じ人類に分類するのも癪な気がして、
「エド・フェニックスはアメリカに国籍を持つプロの猿人類って生徒紹介に書かれればいいのに!」
と言って鼻を鳴らした。隣に立つエドは余裕の表情だ。
それが面白くなくて憮然として口を尖らせていたら、愉快な顔だと今日一番の笑顔を向けられた。その純粋な笑みに嬉しくはなるが、どうやっても釈然としない。
エドが柵から体を離した。
、手を顔の前にかざしてみろ」
そして唐突にそう言い放つ。
「知ってるよ、顔より大きかったら馬鹿って言いたいんでしょ」
小学生かばーかばーか、と自分の姿も顧みずに腹の底から笑ってやろうと意地の悪いことを考えていたら、エドからは違うと否定の言葉が返ってきた。
「え、何するの?」
「いいから出すんだ」
しつこいと言われようが、何度だって言おう。エド・フェニックスは私の後輩だ。一つしか違わないといっても、何で私は後輩にいいようにされているのだろう。プロだからか。プロだからなのか。
意図の読めないまま、エドの指図する通り、顔の前にゆっくりと手を持ち上げる。すると、エドは満足したように笑みを浮かべて、私の手より一回り大きい自分の手をそこにぴったりと合わせた。
「え、え、エド?」
「久しぶりに会えば鳥だの猿だの…」
話の流れについていけない。さっきまでは私のペースだったのに、今ではすっかり逆転してしまっている。顔の前で合わせただけの手のひらからは、じんわりとエドの体温が伝わってくる。握り返そうとすると、それを拒むようにエドが手のひらに力を込めた。
今度は私が唖然とする番だった。

「猿と人間の違いはなんだと思う」
「へ?」
いきなり何を言い出すのだろう。まだ人のいる教室の中で、ただ手を掲げて合わせてる構図の方が気になって仕方がないのだが、そんなことはお構いなしに、エドは分らないのかと問いかける。
「り、理性…かな?」
そうだ。と目の前の後輩は偉そうに頷く。
プロだから人目には慣れているのだろうか。私の方は気が気ではない。男女がふたり、繋ぐまでとはいかずとも、手と手を合わせて向かい合っている。それを見れば二人の関係など一目瞭然だろう。それも教室などと言う公共の場でそんな雰囲気を醸し出しているのだから、クロノス先生にでも見つかったら、即反省文ものだ。
度胸が据わっているとも言える、後輩が続ける。
「僕が猿人類だと言ったな」
「う、うん…」
「サルは目の前に出されたものは反射的に掴む」
そう言ってにやりと笑う。顔が赤くなるのがわかった。だってさっき、私は合されたエドの手をすぐさま握ろうとした。いっそ馬鹿とはっきり言われた方が余程いい。
ほのかに赤くなった私を見て、エドは勝ち気に笑いながら、だが僕は人間だ。理性があると言った。
「掴みたいと思っても掴まない」
手のひらが、押し付けられる。関節の隙間をも埋めるように、ゆっくりと。互いの体温の差が少しずつ埋まっていくのを感じた。
エドが一歩、歩み寄る。
「手を握りたいか?」
どきりとした。合わせられた手のひらの皮膚から、全身を熱が駆け巡る。ここで頷いたらこの意地の悪い後輩の思うつぼだろう。
顔の前に掲げた手が、むずむずと疼く。
「さ、猿はエドの方でしょ!」
決して握り返そうとしないお互いのぎこちない体温で、細胞の水を温めるように、手のひらのぬくもりを伝え合う。
さあ早く、後輩なら折れてくれてもいいじゃない。その偉そうな口で無駄に格好をつけて。
「だから、さ」
それっきり口を引き結んで、後輩の顔を見上げる。エドが肩を落とした。

「仕方ないな」



(ほのぼの100題 2/083/むずむず)
10/02/02 短々編