03
ナランチャはチームの一人だというだけで、アバッキオに対しての警戒心が薄い。ミスタ以上に単純で、考えなしの青年だからかもしれない。フーゴはそれを「馬鹿」と表現した。
アバッキオがドナートのカジノに“責任”を果たしに行くと決まった時、ブチャラティはどこからか貰ったまま使っていなかったらしいブランド物の数々を手渡して、身に着けていくようアバッキオに言った。元警官ということでなめられきっているアバッキオが、余計な先入観のせいで足を取られないようにするためだという。
「もし冷やかしを受けたら、このスーツも靴も、俺から貰ったと言え。この俺が、お前のような新入りにこいつを与えたのだと思わせることが重要だ。いいな、決して下手に出るんじゃあねーぞ」
ブチャラティはアバッキオに指を突きつけて、強く繰り返した。
「ドナートのシマでお前が貶されるってことは、お前を寄越した俺を貶すってことだ。俺を貶すってことは、ポルポさんに喧嘩を売ってるってことと同じなんだぜ? 馬鹿にされたら、俺達のメンツにかけても黙って帰ってくるんじゃあねぇ。一度許したらお終いだ……ただし、そのために起こした騒動なら俺が必ず責任を引き受けてやる」
自分のプライドの高さを理解しているアバッキオには、ブチャラティの言いつけの中で、これだけが素直に受け入れられた。殴ろうが蹴ろうが、ブチャラティが請け負ってくれるというのならそれに乗らない手はない。
丸テーブルに頬杖をつきながら、ケーキをチマチマと口に運んでいたナランチャは、その様子を最後まで羨ましそうに眺めていた。
「俺はさァ、ここら辺じゃ何回も補導されて、今じゃ前科持ちのチンピラだって知れ渡ってるから、急に羽振りが良くなるとすーぐ警察に睨まれちまうんだよなァ……」
自分はオーダーメイドの服を身に着けているくせに、ネアポリスじゃ高いだけで大して好まれないブランド品が欲しいとナランチャは言うのだ。ブチャラティのお下がりが欲しいだけだったのだろう。
ぼやいたナランチャに、ブチャラティが笑いながら言った。
「お前の服だって個性的でいいじゃねーか。遠目にでもすぐ分かる」
「だから真っ先に捕まるんですよ、君は……」
エスプレッソを啜って聞いていたフーゴが、呆れたようにため息を付いた。
ナランチャは確かに短絡的なチンピラで、粗暴だったが、反面その年では子供のように素直だった。とてもアバッキオには真似できない実直さが垣間見えた。フーゴはそれを「馬鹿なんですよ」と、呆れたようになじったが、アバッキオには青年は疑いを知らずに育ったのだと思えた。
そんなナランチャを、ブチャラティのような男がチームに引き入れているのは、アバッキオには些か意外だった。組織に使えるかといわれれば、アバッキオもフーゴの側につくだろうからだ。
ナランチャは騙されやすい。疑いを知らない分、人を見る目がないのだと、アバッキオは思う。アバッキオは面倒を避けるために頷いているだけで、“いいやつ”ではなかった。
「アバッキオはやさしいよな」
「……あ?」
唐突な言葉に意識が引き戻されて、アバッキオはナランチャを睨んだ。まだ夏の名残のシエスタを続けているものが多いのか、昼を過ぎた通りは閑散としていて、すれ違うのは旅行の身なりをした外国人だけだった。
ナランチャは前方から来る観光客には頑として道を譲らず、乾いた石畳を踏みしめながら、間延びした声を出した。
会話らしい会話などしていなかったはずだった。アバッキオは適当に相槌を打っていただけで、その内容すら繰り返せと言われれば難しい。取り留めがなかったからかもしれない。
「俺の話を黙って聞いてくれるしよォ」
黙ってりゃいいのかこいつは──と、アバッキオは思わず蔑みそうになった口を閉じた。悪態は十八番だが、今ばかりは流石に押し留めた。
唇が乾いているような気がして、軽く舐める。
「何でそう思う」
単純な青年が、どういう基準で人を見ているのかを聞いてやろうと思ったのだった。興味本意だった。自分の性格の悪さを、アバッキオは自覚している。
十八番の代わりの言葉を絞り出すと、今度はナランチャが怪訝そうな顔をした。
「じゃあきくけどさァ、いいやつに条件なんてあるのか? 例えば昼飯を奢ってくれたとか、お金を拾ってくれたとかさァ……でもお金を拾ってくれてもそれだけでいいやつとは限らないだろ? もしかしたら恩を着せて何割か取ってくかもしれない。それを狙ってイイヒトぶったのかも……」
だから何となくだと、ナランチャは言った。アバッキオにとってはとても納得できるような回答ではなかったが、青年にも疑いはあるのかと意外な発見をしたように思った。
するとふと、今まで感じていた不可解を問いただしてみたい気持ちになった。
「どうして知りもしない俺をそこまで信用できる」
「何でって……」
アバッキオが睨むようにナランチャに尋ねると、やがて青年は思案気だった表情をほどいて、やけにあっけらかんとした様子でアバッキオを振り向いた。
「ブチャラティが引き入れたんだ、俺達のチームに。間違いないよ」
そらみろと思った。全てあの男だ。ブチャラティというギャングが全てを動かしている。アバッキオのイメージまでをもだ。
「おだてるようなことは二度と言うんじゃあねぇぞ! 機嫌取りは真っ平だ」
腹の底に溜まりに溜まった淀みを吐き出すように唸ると、ナランチャは不機嫌そうに「何怒ってんだよ」と初めて眉をひそめた。
くだらない馴れ合いなんざしたくはないと思った。しかし、ブチャラティの配下で“俺達の”チームと言うのはナランチャだけだった。仲間意識の強い男だった。
肩に引っ掛けた荷物を抱え直した時に足元になにか見つけたのか、ナランチャは地面をしげしげと眺めて目の前から来た自転車に気づく様子がない。
黙って青年の腕を掴んで引き寄せると、自転車は速度を落とすこともなくナランチャの髪を掠めて、すれすれを走り去っていった。ナランチャは驚いて半歩後ずさると、
「テメーッ! 何しやがんだ! 顔見せろコラァ!」
とドスの利いた声を出したが、結局追いかけることはなかった。代わりに鼻を鳴らした青年の、二重の目と童顔がアバッキオに向けられる。
青年は何も言わなかった。ただその顔には、「やっぱり」と言いたげな確信めいた笑みが浮かんでいて、アバッキオは舌打ちをすると、ナランチャを置いて大股で歩き出した。
*
先輩だった。五年勤務し、地道に成果を挙げてきた人だった。
アバッキオが管轄の地区に配属されてから、教育役を兼ねて行動を共にすることが多かったが、気さくな性格から決して先輩風を吹かすようなことはしたことはなかった。
自分はアバッキオの“相棒”だと、初めてのパトロールの時、その人は言った。自分もアバッキオも、同じ仕事と志を持つ警官なのだと、偉ぶりもせず、寧ろどこかはにかんでアバッキオに告げた。そういう人だった。
パトロール中、老齢の女性がスリの被害にあったという声を聞いて、現行犯と思える男を追いかけたのはいいが、見当違いで誤って捕縛してしまったことがあった。
おろしたての光るような堅い制服に浮かれ、責務を果たさんと気を張りすぎたのが裏目に出たのだった。いくら調べても、男は盗品らしきものを持っていなかった。
正義感からの行為だっただけに、流石のアバッキオも落ち込んだ。己が嫌う粗野な警官像を、アバッキオ自身で一人の市民に植えつけてしまったに違いないと沈み込んだ。
パトカーの運転席で、俯くようにして自責しているアバッキオを見て、後から乗り込んできた先輩は十分な沈黙を置いてから、静かに言った。
「俺はお前のようにすぐには警官にはなれなかった」
手には、バールで買ってきたのだろうエスプレッソが抱えられている。
「出来が悪かったんだ」
とその人は告白めいた口調で、ぽつりと呟いた。アバッキオは先輩に目を向けた。あまり頭が良くなかったのだと、やはりはにかみながら言う。
「普通一日でできることを、俺は二日も三日もかけなきゃできない。覚えも効率も悪いから、人一倍丁寧にやらなきゃいけなかった」
そのせいで、今まで勤めてきて爪弾きにされたことはあっても、上司に心から感謝されたことも、労われたこともない、と同僚が言った。
「俺のやり方はここではあまり歓迎されない」
「……待ってくれ」
思わずアバッキオは話を遮った。五年だ。五年も警官をやってきて、一度も認められたことがない? 驚くべきことだった。
入ったばかりのアバッキオでも、先輩は警官の鏡のように見えた。子供向けのパンフレットに乗っているような、背筋が伸びてパリっとした制服に身を包み、悪を許さず、市民にはいつも穏やかな笑みを浮かべている、アバッキオが目指した警官のイメージそのものだったのだ。
そう言ったアバッキオに、男は照れたように鼻をかいた。
「警官なんてそんなものだ。コネで入れるような人間も多い……楽をしたいのさ。誰だってそんな気持ちはある。この国じゃそれを誰も責められない」
人通りの多い広場に停めたパトカーは、時折観光客の撮影の的になっている。先輩は寄せられる視線に、車内から気前よく笑顔を向けると、アバッキオに紙コップに入ったエスプレッソを手渡した。
「俺なんかよりずっと、お前のほうがしっかりしてるよ」
今までならばアバッキオは、そんなことを言われれば弱音だと思って、男のくせにと跳ね除けてたはずだが、先輩の謙遜は不思議と嫌いではなかった。いつも心地よくアバッキオの胸に落ちてきた。
先輩はダッシュボードから砂糖とミルクを取り出して、きっかり5つずつ入れた。エスプレッソに砂糖を入れるものは多いが、その人のは想像するだけで甘ったるさに顔を顰めそうになる。
アバッキオの視線に先輩は笑った。
「これも本当は苦くて飲めないんだ。お湯を足してもだよ。子供みたいだろ?」
言いながらコーヒーをかき回したその人は、窮屈な座席に座って、幸せそうに紙コップを煽っている。
サイドガラスの外は穏やかな夕暮れだった。遊び帰りの子供たちが、自転車を避けながら危なっかしく走っていく。
キーを差し込んで、アバッキオは窓を半分開けた。夕暮れの匂いがエスプレッソに紛れて体に膨らむ。
「いいんじゃないか?」
アバッキオはカップを傾けながら言った。喉を通って、苦味と一緒に胸に熱いエスプレッソが落ちて行った。
「あんたは子供の気持ちがわかる」
アバッキオの言葉に、先輩は可笑しそうに吹き出した。
翌日、アバッキオが警察署に出勤すると、スリの被害を受けた女性が入口の前で待っており、アバッキオの姿を認めると歩み寄って手を握った。
アバッキオが困惑していると、あれからすぐに盗品が見つかったのだと、老婦人は興奮した様子で語った。
「こんなこと初めてよ……! グラッツェ」
鞄には、大戦で死んだ息子からの手紙を入れていたらしい。公園でのんびりと読み返して、思い出に浸ろうと歩いていた矢先のことだったのだという。
鞄はゴミ箱の中から見つかった。逃げる途中、追いつかれるとわかって捨てたのだろう。財布は抜き取られていたが、大した被害ではなく、それよりも手紙が戻ってきたことに婦人は感謝を述べた。
「しかし、俺は何も……」
婦人は首を振った。
「あなたは私の声を聞いて、男を追いかけてくれたわ。そんなこと、他に誰がしてくれるの?」
何度も何度も婦人はお礼を言って、最後にアバッキオに軽くハグをすると、嬉しそうな面持ちのまま帰って行った。
アバッキオが身なりを正して部署に赴くと、出勤の早い自称“相棒”は、自分の机に向かって何をしているのかと思えば、エスプレッソの入ったカップから、半分を空のカップに分けながら、なみなみとお湯を継ぎ足して、その上からまた砂糖をたっぷり入れてかき回している。同僚に淹れられたエスプレッソが苦すぎたのだろう。
「ボンジョルノ」
アバッキオが後ろから声をかけると、先輩は「ボンジョルノ、相棒、いいところに来た」と、今しがた不要と判断したばかりの残りのエスプレッソを、何食わぬ顔でアバッキオに差し出した。捨てられないから、処理をしてくれということらしい。
苦笑しながら受け取って、向かえの席に腰を下ろす。
「今日は遅かったな」
「ああ、昨日のスリの盗品が見つかったみたいで……被害者が来ていた」
「そうか、良かったじゃないか」
随分とあっさりとした返事だった。
被害届を眺めながら、先輩はスプーンでくるくるとコーヒーをかき回している。もう砂糖は溶けきっていて、十分飲んでもいい頃だというのに。
認められないはずだ──
アバッキオは笑いを堪えるように、半分しかないエスプレッソを口に含んだ。これじゃあ誰も気づきはしない。
確かに、“相棒”は間違っていなかった。喉を通ったそれは、水と大量の砂糖で誤魔化したくなるほどの不味さだった。
*
ブチャラティの事務所の近くのオープンテラスで軽食をつまんでいると、やはり女が現れた。散歩でもしていたのか、サンダルをつっかけただけのラフな格好だ。
一度気づかずに通り過ぎていったのに、視界に入ってしまったのか、わざわざ引き返して来て当然のごとく相席をした。ここまで自然にされると、言葉も出ない。
「エスプレッソを」
とウェイターに告げて、もう知り合い顔でアバッキオに「今日は暑いですねぇ」などと話しかけてくるのだ。
は、いつもエスプレッソを頼んだ。他に飲み物なんて思いつかないのかと思うほど、エスプレッソ一本の女だった。
そのくせ、コーヒーを飲んでいるのか砂糖を飲んでいるのかわからないほどに甘ったるいエスプレッソを作り、挙げ句の果てにはなんとも不味そうな顔をして飲むので、たちが悪い。そんな飲み方をされた日には、もともと飲みたくなかったエスプレッソを更に避けたくなる。
「その飲み方、どうにかならねぇのか」
「えっ?」
顔を顰めて女のカップを見つめると、は目を丸めてアバッキオを見返した。
「好きなんです、この飲み方……本当は蜂蜜がいいんですけど」
そうしてから、ほんのりと頬を染めてカップに両手を添える。あんな我慢したような顔で飲んで、よく言うものだとアバッキオは思った。
飲み方を指摘されたのが恥ずかしかったのか、は誤魔化すようにちびちびと口に含み、すぐに全てを飲み干してしまった。
「俺は嫌いなんだよ、エスプレッソ」
コーヒーを滅多に飲まなくなった。つい、思い出してしまうからかもしれない。特にエスプレッソの香りは、記憶を刺激しすぎた。
思いながら苛立ち紛れに言ったアバッキオを、はどこか親近感の湧いた目で見つめた。
はいつもマイペースだった。女が口にするのはくだらない世間話ばかりだったが、どんなにアバッキオが突き放そうと、不機嫌な声色を出そうと、決して挫けはしなかった。変わらない空気を保とうとしていた。それが不思議と鼻につかなかった。
空元気というわけでもない。嫌味を含ませるわけでもない。だからといって機嫌を取るわけでもない。ただただは、アバッキオとの会話を望んでいた。
「アバッキオさん」
初めの頃、その声を聞くと、ささくれだったアバッキオの心が更に刺にまみれていくような心地がしたのだが、ひと月以上も経つと慣れてしまったのかもしれない。
あるいは女に対する組織からの疑いが晴れたことで、気が緩んだのだと思った。を追い返すことに、諦めがあった。
「今ハマってるものってありますか?」
「あ?」
「ハマってるものですよ。音楽とか映画とか……趣味です」
「ねぇな」
適当とわかるような口調で返せば、はそんなことを気にもせずに、寧ろ待っていたと言わんばかりに身を乗り出して、
「私、いつかシェパードを飼いたいと思ってるんです。広い庭に、職人さんに犬小屋を作ってもらって、毎日散歩をして……」
と夢の生活を語り始めている。
「素敵だと思いませんか?」
アバッキオに視線を戻したは、サラダに入ったエビをつつきながら、頬を紅潮させている。
くだらねぇな、とアバッキオは思った。女の話すことで興味を引くことなど一つもないのだが、夢を馳せる姿は一層くだらないと思えた。だが、叶えられるだろう。意思があれば、大抵のものは手に入れられる。
ブチャラティを信用しているわけではないが、あの男はつまらないことで嘘をつかない。は一般市民で、ギャングとも一切の縁がない。雇われたわけでもない。調べなくとも分かる。女のことを何一つとして知らなかろうが、今のアバッキオには、女に他意がないというだけで十分だった。
だからこそ、この女にはあまり踏み込みたくはなかった。住む世界が違うと、肌で感じる。
どうしてポン引きを殺さなかったのだろうか。ブチャラティに聞かれずとも、そんなものは愚問だと思った。怖気付いたアバッキオに、そんなことができるはずもない。
それにポン引きが逮捕されたことで多くの売春婦も捕まり、風俗業は損害を被った。たとえポン引きを殺したところで、男の周りではアバッキオが管轄の人間だと承知している。賄賂を受け取っていることを知らないはずがない。後で故意にポン引きを殺したことが知れれば、報復として汚職をバラされるのは時間の問題だった。
どの道アバッキオに未来なんてなかったに違いない。賄賂を受け取ったその時から、アバッキオにギャングへの繋がりが出来た。悪の道が拓けたのだ。
それを知っていながら、どうして殺さなかったのかとアバッキオに尋ねたブチャラティの底意地の悪さが、鼻持ちならなかった。
しかしもしかしたら、あの時アバッキオは、引き金を引いておけばよかったのかもしれない。どうせいずれ死へ向かうならば、報復で殺された方がきっと良かった。その方が意味のない法的な償いをするよりも、罪に苛まれて泥に沈んでいくよりもずっと、楽だったのかもしれない。
「あの……っ」
遠慮がちな声が聞こえて、ふっと意識が戻される。真っ赤な顔をしたが、おろおろとアバッキオの手に視線を送っている。その視線を、アバッキオもゆっくりと辿った。
知らぬ間に、女の手首を捉えていたらしい。自分の骨ばった指が狭いテーブルの上を伸びて、カップを取ろうとしていたの手首に絡まっている。女らしい柔らかい肉のついた、細い手首だった。
内心己の行動に驚きつつも、無言で手を離すと、は何故か申し訳なさそうに俯いて、アバッキオの握った手首を抑えながら、己の胸へ引き寄せた。
不意に、舌が滑っていた。
「明日はドゥオモに用がある」
「え……?」
女は小さく声を上げたが、答えないまま、アバッキオはチップを置いて席を立った。
通り過ぎる前に視界の隅に、カフェテラスに座るの姿が映った。口元を両手で覆って、肌を染めながら顔をほころばせている。
お前には一体、俺はどう見えてるんだ──
一瞬浮かんだ考えに、アバッキオは首を振った。
「惚れたんですか?」
路地を曲がったところでかけられた声に振り返ると、フラヴィオのことで追いかけてきたらしいフーゴが、しげしげとテラスを覗きこんでいる。のんびりと歩み寄ってくる少年を、アバッキオは仏頂面で迎えた。
笑えない冗談だった。